抹茶の栽培のお話

2025年07月15日 11:23
大山抹茶 白水製菓 抹茶スイーツ

◎抹茶栽培の特殊性:旨味と香りを育む「覆い下栽培」の秘密

抹茶は、日本茶の中でもひときわその製法に特徴を持つお茶です。特にその栽培方法は、一般的な煎茶などとは大きく異なり、抹茶独特の豊かな旨味と鮮やかな緑色、そして独特の香り「覆い香(おおいか)」を生み出すために、非常に手間暇をかけて行われます。この独特の栽培方法こそが、抹茶を「飲む芸術品」たらしめている秘密なのです。

◎抹茶の原料茶葉「碾茶(てんちゃ)」

抹茶は、茶葉を石臼で挽いて微粉末にしたものですが、その原料となる茶葉は「**碾茶(てんちゃ)**」と呼ばれます。煎茶が芽と茎を分けて揉んで作られるのに対し、碾茶は収穫した茶葉を蒸した後、揉まずに乾燥させて作られます。この「揉まない」という工程が、抹茶の持つきめ細かな粉末と、水に溶かした時の滑らかな口当たりに繋がります。

しかし、碾茶の品質を左右する最も重要な工程は、収穫前の栽培段階にあります。それが「**覆い下栽培(おおいしたさいばい)**」という、抹茶栽培の根幹をなす特殊な方法です。

◎抹茶栽培の根幹「覆い下栽培」

覆い下栽培とは、茶摘み前の一定期間、茶園全体を覆いで遮光する栽培方法です。これは、抹茶の原料となる碾茶だけでなく、玉露の栽培にも用いられる伝統的な技術です。一般的な煎茶は、日光をたっぷりと浴びて育ちますが、抹茶用の茶葉は意図的に光を制限することで、その成分組成が大きく変化し

◎1. 遮光の目的と効果

覆いをかける主な目的は、**日光を遮断すること**にあります。これにより、茶葉は光合成を十分に行えなくなります。植物は通常、光合成によってカテキンなどの渋み成分を生成しますが、光が制限されるとこの生成が抑制されます。

その代わりに、茶葉は光を求めて生命活動を活発化させ、**アミノ酸(テアニンなど)を多量に生成**します。テアニンは、抹茶の持つ独特の旨味成分であり、リラックス効果をもたらす成分としても知られています。また、葉緑体の生成も促進されるため、茶葉は鮮やかな緑色を保ち、抹茶にした際の美しい色合いに繋がります。

さらに、クロロフィルやカロテノイドといった色素成分の含有量も増加し、抹茶特有の深い緑色と香りを際立たせます。このように、光合成の抑制とアミノ酸の増加という、一見矛盾するような効果が、覆い下栽培によって同時に実現されるのです。

◎2. 遮光の方法と期間

覆い下栽培には、主に以下の2つの方法があります。

* **棚掛け方式(本ず)**: 園の高さに棚を作り、その上に葦簀(よしず)や藁(わら)などを乗せて遮光する方法です。通気性が良く、伝統的な製法とされます。
* **直掛け方式(じかおおい)**: 茶の樹に直接、黒い寒冷紗(かんれいしゃ)などの化学繊維をかぶせて遮光する方法です。手軽に行えるため、現在ではこちらが主流となっています。

遮光期間は、新芽の成長具合や生産者の考えによって異なりますが、一般的には**茶摘みの20日から30日ほど前**から行われます。最初は薄い覆いから始め、徐々に遮光率を高めていくことで、茶葉へのストレスを最小限に抑えつつ、成分変化を促します。最終的には、90%以上の光を遮断することもあります。

この期間中、茶園はまるで真夜中のように暗くなり、茶葉は必死に光を求めてゆっくりと成長します。この環境が、抹茶の持つ独特の風味と香りを育む上で不可欠なのです。

◎3. 覆い香(おおいか)の生成

覆い下栽培によって作られる抹茶には、特徴的な香り「**覆い香(おおいか)**」があります。これは、茶葉が遮光されることで生成される、海苔のような、あるいは独特の甘みを感じさせる芳醇な香りのことです。

この香りは、茶葉中のアミノ酸や香気成分が光によって分解されず、むしろ増加することによって生まれると考えられています。覆い香は、抹茶を評価する上で重要な要素の一つであり、抹茶を飲む際に感じる奥深い風味の源となります。

◎土壌管理と剪定:茶樹の健康な育成

覆い下栽培だけでなく、茶樹自体の健康な育成も抹茶の品質には欠かせません。

◎ 1. 土壌管理

抹茶の栽培に適した土壌は、水はけが良く、肥沃な土地です。特に、リン酸やカリウム、カルシウムなどのミネラルが豊富に含まれていることが望ましいとされます。肥料は、有機肥料を中心に与えられ、土壌の微生物活動を活発にすることで、茶樹が健全に育つ環境を整えます。

窒素肥料は、茶葉の旨味成分であるアミノ酸の生成を促進するため、特に重要視されます。しかし、過剰な施肥は環境に負荷をかけるため、土壌診断に基づいた適切な管理が求められます。

◎ 2. 剪定(せんてい)

茶樹の剪定も、良質な抹茶を生産するために重要な作業です。定期的な剪定によって、茶樹の樹形を整え、新芽の発生を促します。また、風通しを良くすることで病害虫の発生を抑え、茶樹全体に均等に栄養が行き渡るようにします。

特に、抹茶用の茶樹は、良質な新芽を育てるために、一般的な煎茶用よりも低い位置で剪定を行い、密な樹冠を形成させる傾向があります。これにより、均一な品質の茶葉を収穫できるようになります。

◎収穫と手摘み:繊細な作業の極致

抹茶の原料となる碾茶の収穫は、一般的に4月下旬から5月上旬にかけて行われる一番茶が最高品質とされます。この時期に摘まれる新芽は、アミノ酸が豊富で、柔らかく、旨味が凝縮されています。

特に高級な抹茶の場合、熟練した職人の手によって、**一芽一葉(いちめいちよう)**または**一芽二葉(いちめによう)**という非常に繊細な方法で、若くて柔らかい新芽だけが丁寧に摘み取られます。手摘みは時間と労力がかかりますが、機械摘みでは不可能な、茶葉の品質を見極めた選定が可能になります。この丁寧な収穫作業が、最終的な抹茶の品質を決定づける重要な要素となります。

◎まとめ:日本が誇る栽培技術の結晶

抹茶の栽培は、単に茶樹を育てるだけでなく、日光という自然の恵みを巧妙にコントロールすることで、茶葉の成分を意図的に変化させるという、**日本の農業技術と伝統が凝縮された非常に特殊なもの**です。覆い下栽培によって生み出される旨味成分テアニン、鮮やかな緑色、そして独特の覆い香は、他に類を見ない抹茶ならではの魅力です。

手間暇を惜しまず、茶樹と向き合い、その生命力を最大限に引き出す栽培方法こそが、私たちが日常で味わう、あるいは特別な場で楽しむ抹茶の、奥深く豊かな風味の源となっているのです。この栽培の秘密を知ることで、一杯の抹茶が持つ奥深さに、さらなる感動を覚えることでしょう。

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